浄土寺について
ご挨拶
科学技術の進歩と共に、日常生活における様々な事柄が、驚くほどに便利になってきています。その一方で、地域のつながりの希薄化や家族崩壊による孤独、自死などの問題はやむことがありません。
仏教は、人々が生きていくうえでの拠りどころとなる教えとして、昔から大切に伝えられてきました。その教えは、いつの時代も悩み苦しむ人々のために説かれてきたのです。今日、仏教の教えやそれを伝えるお寺が、社会において果たす役割は大きいと思います。
浄土寺は古くから地域において中心的役割を果たしてきたお寺です。古き良き伝統を大切にしつつ、人々の様々な苦悩と問いに応える寺院となるべく、日々歩んでおります。どうぞお気軽にお参り下さい。
住職 逸見 道郎
龍谷大学卒業後、日本テレビにて「宗教の時間」や「あんちゃん」などの番組制作に携わった後、第三十世浄土寺住職となる。(公財)仏教伝道協会理事・評議員を歴任/(公財)国際仏教興隆協会インド現地法人理事・事務局長/(福)湘南アフタケア協会理事長
副住職 逸見 世自在
早稲田大学文学部・龍谷大学大学院を卒業。文学博士(専門・親鸞思想)。 龍谷大学非常勤講師/大阪大谷大学非常勤講師/宗学院研究員
浄土寺の歴史
浄土寺は、親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗本願寺派(西本願寺・お西)の寺院です。鎌倉時代の武将畠山重忠によって天台宗の寺院として建立され、室町時代、浄土寺第十一世住職のときに蓮如上人に帰依し、浄土真宗となりました。 本堂は、正徳2(1712)年の建造で、横須賀市内で最も古い木造建築の一つであり、築300年以上の歴史があります。 昭和の終わりに、耐震と基礎増強の大修復を施工し、現在に至っています。
アメリカから返還された梵鐘
浄土寺の梵鐘は、戦争末期に軍の命令により供出させられました。幸い溶かされることを免れますが、アメリカ軍によってジョージア州アトランタへ運ばれます。その後、アトランタ在住の日系女性が、鐘に刻まれている文字から、浄土寺というお寺のものだと解読してくださいました。 当時のアトランタ市長の「日米修好百周年を記念とし、友好の証として返還する」との一声から、日米のロータリークラブおよび米海軍の協力により、はるばる太平洋を軍艦で運ばれ、無事に浄土寺に戻ってきました。鐘楼こそありませんが、浄土寺の鐘は日米友好の証として、今も浄土寺に安置されています。
昭和36年の梵鐘返還式
昭和36(1961)年5月、当時の横須賀市長・在日米海軍司令官・日米両国のロータリークラブ会長ご列席のもと、浄土寺において盛大な返還式が開かれました。