按針と浄土寺

三浦按針 菩提寺として

浄土寺は、江戸初期に来日し徳川家康の外交顧問として活躍した英国人侍、三浦按針の菩提寺で、按針の念持仏観音像など、ゆかりの品々を所蔵しています。毎年春に「按針忌法要」をお勤めする他、地域イベント「按針フェスタ」などの会場として、地域と共に按針の功績を讃え、町を盛り上げています。

三浦按針とは

三浦按針は、江戸時代初期に徳川家康の外交顧問として仕え、家康の天下統一に貢献した歴史的人物です。三浦按針というのは日本名で、生まれはイギリスケント州ジリンガム(現メッドウェイ市)です。本名をウィリアム・アダムスといい、日本に初めてやってきたイギリス人です。アダムスが乗っていたオランダ船リーフデ号が日本に着いたのは1600年4月で、関ヶ原の戦いの約半年前のことでした。

逸見・安針塚について

家康は、按針を気に入り日本に引き留めたいと思いました。按針を旗本身分の侍にし、相州三浦郡逸見村(現在の横須賀市逸見町)250石の領主にしました。日本史上、領主となった外国人の侍は按針ただ一人です。按針は逸見に屋敷をかまえ、日本人の妻をめとりました。按針の屋敷があった場所について、『新編相模国風土記稿』には「村の中程浄土寺の南にあり」と記されています。

安針塚は、桜の名所、県立塚山公園の一番高所にあります。安針塚というのは三浦按針夫妻の墓所の総称で、「三浦按針墓」として国の史跡に指定されています。按針が生前に「我死せば、東都を一望すべき高敞の地に葬るべし、さあらば永く江戸を守護し、将軍家の御厚恩を泉下に報じ奉らん」と遺言していたこと(『新編相模国風土記稿』より)に従い、建立されたと伝えられています。高貴な人をまつる宝篋印塔の形式の墓で、墓前の両脇には、日本橋安針町より寄進の石灯籠もあります。